東京都文京区の整体「心身バランス整体」の下田武志です。

僕にとって整体は「アート」のようなもの

「アート」の一般的な定義はよくわかりませんが、僕にとってアートとは、「思考や理屈を超えた表現」です。

整体にも同じような要素があると思っています。

整体の一般的なイメージは、「腰痛や肩こりを改善する」「体の歪みを整える」といった目的のために、「解剖学などの知識や、科学的根拠のある技術を使って行う治療行為」かもしれません。

でも、実は人間の身体については、まだまだ未知の領域だらけです。

色んな整体法、治療法があり、それぞれ科学的な説明がされたりもしますが、人間の身体の仕組み自体が、すべて解明されているわけではないので、結局は「やってみなければわからない」というのが現実です。

「この治療法で改善しました!」という体験談はたくさんあるかもしれないけど、実際には、治療法以外の色々な要素も関わって人間の身体は変化するので、全ての体験談は、あくまで「その人の体験談」に過ぎないのです。

臨床の場では、施術者自身も「なぜそうなるのかわからない変化」がたくさん起こります。

もちろん、基本的な身体構造や生理機能は理解して、身体と関わる必要はあると思いますが、頭で理解できることだけを当てはめようとすると、結果的には、身体の「未知の力」を殺すことになるでしょう。

最高の健康を作るには、そういった「未知の力」を含めた、身体の能力を最大限に活かすことが最善の策です。

そのためには、知識や固定概念を捨てたほうが良いこともあります。

整体を「絵画」に例えると

整体を絵画に例えると、知識や手技というのは、絵の具や筆やキャンバスや、それらの使い方。

そして、それらを使って絵を描くためには、画家自身の内側にある「目に見えない何か」を表現する必要があります。

ただ単に描く技術にたけているだけでは、アートとしては面白くないでしょう。

まあ、これはあくまで僕の個人的な考え方ですけどね。

整体も一緒で、知識や技術を使って、身体の裡(うち)にある「目に見えない何か」「未知の力」を呼び覚ます行為だと思ています。

知識や技術に陶酔して、そういった「未知の力」を抑圧してしまうのはもったいない。

だから、自分の頭の中にある知識とは矛盾した「感覚」を感じた時は、あえて「知識」を無視して「感覚」に従うこともあります。

そのほうが、なぜか良い結果につながることもあります。

「生みの苦しみ」と「快感」

コリや痛みがあるということは、歪みがある証拠。

歪みを解放すれば、コリや痛みも無くなります。

解放する行為は、とても気持ち良い!

そして、その「解放のプロセス」は、まるで「アート」です。

「治すため」って必死になるよりも、アートと思って楽しんだ方がうまくいきやすいですよ。

あと、芸術には「生みの苦しみ」というのもありますね。

それ、整体にもあります。

なかなかうまくいかなくて悩む時期。

でも、悩みながら試行錯誤を繰り返して、やっと痛みから解放されたときの快感は、最高の芸術作品を生み出した時の感覚と似てるんじゃないかなぁ。

 

そう言えば、僕の20代前半の頃の夢は「芸術家」になることでした。

子供の頃から絵をかいたり、詩を書いたり、歌を作って歌ったりすることが大好きでした。

整体もそういった芸術活動と同じ楽しさがあるんですよね。