文京区後楽園の整体「心身バランス整体アルボル」の下田武志です。

一時期、頻繁に古武術の稽古に通っていた時期があります。

いくつかの道場やセミナーにも参加しましたが、特に印象的だったのは日野晃先生のクラスです。

僕が古武術を習いたいと思った目的は、体の使い方や感覚を高めることですが、実際に稽古に参加して得られるのは、「自分がどれほど体を使えていないか」「自分の感覚が信用できないか」という気付きです。

先生が当たり前のようにやって見せることを、同じようにやろうと思っても、うまくできません。

先生も「できると思うな」「できたと思ったら、それは間違いや!」と言われます。

「私は今、何をしているのか」

稽古中の生徒がやっていることは、ほとんど「自分自身が抱いている幻想の中にドップリ浸かっている」「こうであろうという勝手な解釈」だと言います。

実際に、先生とやり合ってみるとそれを実感できます。

ほんと、自分のできなさ加減が嫌になってくるほどです。

普段、人の身体や意識についてなんとなくわかったような気になっている自分の中途半端な自信が打ち砕かれます。

でも、そうやって自分の上っ面の自信を打ち砕かれるからこそ、今よりも成長できるのです。

稽古の間中、自分ができているのかどうかもわからなかったり、何のためにやっているのかさえわからないこともあります。

まあ、僕のレベルが低すぎるというのもあるでしょう。

「理論ではなくて、現実的な実践を積み重ねてこそわかることがある」と日野先生は言っています。

それでも、稽古のあと、整体の施術をしたりすると、いつもより感覚が研ぎ澄まされていたリ、余分な力や思考が抜けてやりやすくなっていることに気付いたりします。

具体的には説明できないけど、自分の中で確かに意識や思考の変化が起きていることは実感できます。

それは、目には見えないほんのわずかな変化かもしれません。

でも、その「ほんのわずかな変化」の積み重ねが、長期的には大きな結果につながります。

一生たどり着けないからこそ成長し続けられる

僕は、「整体」というものも、「体を整える」というという本来の意味においては、古武術と目指す方向は同じだと思っています。

人の身体の状態は、日常的に繰り返す意識や思考や行動などのクセ、つまり、その人の「生き方」の結果です。

「自分が今、何をしているのか」が分かっていない。

だから、無意識のうちに身体を壊すようなことを繰り返してしまうのです。

いくら「施術者が治す」ことができたとしても、「本人が気付く」こと無くしては、本当の改善とは言えないと、僕は考えています。

だから、僕自身も自分の思い込みやクセに気付くために、あえて「できないこと」に挑み続けるのです。

古武術を極めることは、一生かかっても無理でしょう。

だからこそ、いつでもそこから気付きを得ることができるとも言えます。