文京区後楽園の「心身バランス整体アルボル」です。

▲高さや幅、石や壁の手触りを通して、感覚を形成するための4歳児の「仕事」?

子供は遊んでいるのか、働いているのか?

4歳の娘と一緒に過ごしていると、「本当に子供は遊びの天才だな~」と感心させられます。

日常生活の全てを、全力で楽しもうとします。

特別なおもちゃや環境なんか無くても、歩くことも、跳ねることも、食べることも、片づけることも、掃除も、歯磨きも、トイレも、全てを楽しんでいるように見えます。

例えば、「公園に行こう」と言って出かけても、公園までの「道のり」がすで遊びになります。

歩道を歩いたり、横断歩道を渡ることさえ、公園にたどり着くまでに疲れ果ててしまうんじゃないか、というくらい楽しんでいます。

でも、最近ある本を読んで、「子供は遊びの天才」という見方が、ちょっと変わりました。

ある本とは、モンテッソーリ教育に関する本です。

子供の「人間を形成する」という仕事

モンテッソーリ教育を考案したマリア・モンテッソーリさんは、子供は「働くもの」だと言っています。

子供は「人間を形成する」という重要な使命のために働いているのだと。

この言葉に僕は、「なるほど、確かに!」と、妙に納得。

僕はモンテッソーリ教育の実践者でも心棒者でもなく、ただ本を読んだだけなので、言葉に対する僕の勝手な解釈もあります。

でも、そう言われると確かに、あの何でも真剣に取り組む子供の姿勢は、「遊び」というよりも「仕事」に近い気がしてきませんか?

見たり、聞いたり、動いたり、触ったり、感じたりする中で、感覚や秩序や判断などを学び、自己を形成しているのです。

モンテッソーリ教育の現場では、

子供自身が主体的に選び、

取り掛かり、

集中し、

やり遂げる、

という経験を繰り返すことで大きく成長すると言います。

仕事や責任に追われている大人から見ると、「子供は1日中遊んでいられていいよな」という感情が沸くこともありますよね。

でも、どちらも仕事だと考えると、

自分の人生を豊かにするために毎日頑張っている大人の仕事と、子供が毎日取り組んでいる仕事と、どちらの方が重要なのかを比べることができるでしょうか?

 

▲歩道のモザイク模様でバランス感覚を養い、色彩や秩序を学んでいるところ

しかし、大人にとって子供の行動の多くは、ただ遊んでいるようにしか見えなかったり、無意味で非効率なことにしか見えなかったりするので、つい、「危ない」と制限してしまったり、「早くして!」と急かしたり、中断させたりしてしまうのです。

そうやって、大人の都合の良いようにコントロールされ続けた子供は、自主性や創造性が持てなかったり、感覚やバランスの鈍いまま大人になってしまうのです。

まあ、僕自身は決して多くの子育てに関わってきたわけではありませんので、これはただ本を読んで、そう「思った」だけの、僕の解釈でしかありません。

でも、そういう視点で子供の行動の一つ一つを見てみると、「本当に一生懸命働いているなあ」と尊敬の念さえ沸いてきます。

それと同時に、「働くって楽しいことなんだよ」ということを、子供から見せつけられている気がします。

そして、それらをただの「遊び」と判断して、こっちの都合で中断させたり、仕事を取り上げてしまっていた自分の失礼を謝りたい気持ちになります。

とにかく、大人から見たら無意味に見えることや、一瞬「やめて欲しい!」と思ってしまうようなことも、もう少し心に柔軟性をもって、見守ってみようという気持ちになりました。

「指さす月を見ないで、指を見るものは愚かだ」

そういうことわざがありますが、もとはブッダが弟子に言ったとされている言葉。

モンテッソーリ教育について、これと同じような指摘がされたらしいです。

ある日、モンテッソーリが講演を終えた後で、人々が花束を贈って彼女の教育方針の素晴らしさを褒めたたえた時のこと。

モンテッソーリは、

「私の教育方針をたたえるあなた方は、指示した方向に行く代わりに、方向を示した私の指に注目しているだけではないでしょうか?」

といったことを言われたそうです。

「教育方針」よりも、モンテッソーリの指示した指の先にいる「子どもそのもの」に目を向け、子供から学びながら、自分で気づき、生み出していく姿勢が必要だということです。

実際に、日本にモンテッソーリ教育が紹介された過程でも、教育方針だけが独り歩きするという過ちが繰り返されたそうです。

モンテッソーリ教育とマインドフル整体の共通点

こっれて、整体とか健康法に関してもよく起こることですよね。

優れた技術や理論、カリスマセラピスト等が出てくると、人々はその人や技術や理論をたたえたり、崇拝したりし始めます。

でも、実際には健康を作るのも、身体を治すのも、結局は「身体そのもの」です。

マインドフル整体は、それに気づき、体そのものの力を活かす整体ですが、僕自身も時々視点がそれてしまっているときはあります。

どんな技術も理論も、それに人の身体を当てはめようとすると、逆に不調和を起こしたり、長期的には苦痛を増やす結果になったりします。

僕自身はモンテッソーリ教育に関しては、まだちゃんと理解もしていませんが、本の中の言葉を、勝手に自分にとってタイムリーで価値のあるものとして受け取りました。

あらためて、子育てについても、整体についても、もっと子供や身体「そのもの」に注目し、常にそこから学ぶ姿勢で取り組もうと思います。

さあ、

今日は娘はどんな仕事をして、何を学ぶのか?

今、身体に現れている症状や変化は、何のための仕事なのか?

自分やクライアントさんの症状や変化から、僕は何を学ぶのか?

そんなふうに見ると、毎日、一瞬一瞬がより新鮮に感じますね。

 

▼メール講座の内容が一部修正され、より実践しやすくなりましたよ!