文京区後楽園の「心身バランス整体アルボル」です。

「マインドフル整体」とは、
自分自身の「感覚」を重視する
アルボル独自の整体法です。

マインドフル整体について詳しくはこちら

 

 

僕はいつも

「体の声を聞こう」とか
「感覚に従って」とか

言っているので、

「自分の感覚を疑え」

というのは、

まるで真逆のことを
言っていることになります。

 

「体の感覚」を正確に感じ取り、
それに従えば

自己治癒が進み
回復も健康維持もできる

というのが、
僕の整体師としての
基本的な考え方ですが、

実際は、

自分の感覚を正確に
感じ取ることができる人は

ほとんどいません。

 

なぜなら、

人間は
身体に起こる感覚に対して

無意識に「解釈」を加えて
「反応」しているから。

 

外からの刺激が 
「感覚器官」に接触することで
「感覚」が生まれます。

この時点での「感覚」が、
純粋な「感覚」。

でも脳は
感覚を知覚すると同時に、

過去の経験や
他のあらゆる情報を総動員し、

「それがどんなものなのか?」
「危険か安全か?」
「好きか嫌いか?」

といった判断(解釈)を始めます。

そして、

その判断に従って「反応」します。

僕らはこれら

「解釈」や「反応」もひっくるめて、

自分が「そう感じている」

と、思って(感じて)しまっているのです。

 

このプロセスは無意識に、
しかも瞬時に行われるため、

自分自身でも
そうしていることを
ほとんど自覚できません。

 

こんな風に説明すると
難しく聞こえるかもしれませんが、

例えば、

同じものを触ったとしても、
人によって感じ方が違う

とか、

その物の見た目や、
自分の体調や気分によって

違った感触に
感じてしまうことあるよね

って言うと大体の人は
納得するんじゃないかな。

 

「美味しい!」と思って
カレーを食べているときに、

「実はそれ、わたしのウ○コです」

って言われたら、

「オエッ」てなるでしょ。

でも、

スカトロ好きにとっては、
より美味しく感じるかもしれない。

例えが極端(しかも下品)だけど、

とにかく僕らが
普段なんとなく感じている
(と思っている)ものは、

そういった解釈が加わった

「歪んだ感覚」

だということですね。

 

 

「自分の感覚を疑え」
といのは、

そういった

自分の無意識のプロセスに
気付こうよ

ということです。

 

 

仏教や瞑想の世界では、

この「解釈」「反応」

「苦しみの素」だとして、

それらを手放し、
ありのままを見つめる
訓練をします。

 

そうやって

「今起こっている事実を
 客観的に観察できている状態」

「マインドフルネス」です。

 

マインドフルネスで
ありのままの自分を見つめ、

身体や思考を
扱うことができれば、

体も心も
自然と健康になります。

 

例えば、

「痛み」もひとつの
「感覚」ですが、

同じ痛みでも、
本人の解釈の仕方によって
より辛く感じることもあるし

痛みに対して
過剰反応してしまうと

更なる痛みを
作ってしまうこともあります。

 

逆に

瞑想によって
感覚を客観視できるように
なっただけで

腰痛や肩こりが和らいだり、
病気が治り始める人もいます。

 

僕は、
整体の臨床においても

構造的、骨格的な調整が
必要な場合であっても、

解剖学的な知識だけでなく、

半分くらいは「感覚」を
頼りにしています。

 

解剖学や生理学や
整体法や自然法則を

論理的に学ぶことも
大事かもしれませんが、

僕自身の経験上、

理屈よりもマインドフルネスで

できるだけ正確な「感覚」を
感じ取ることを重視しほうが

根本的な改善に
近付きやすいからです。

 

瞑想の実践などが、
そういった感覚を磨く
手助けにはなりますが、

自分が感じている
(と思っている)感覚を、

「どんな解釈や反応が絡んでいるか?」

という視点を持って
観てみるだけでも、

今までとは違った改善の糸口が
見えてくると思いますよ。

ぜひやってみてね!